LOGINその問いにはすぐさま応答が返り、イコナの実態が見えてきた。モイラ曰く、アイツはとんでもなく進んだ文明圏の人物であり、いわゆる宇宙人と呼ばれる存在だと言う。銀河連合の軍部に所属していて、私の担当官だそうだ。
担当官なんて耳障りのいいこと言ってるけど、結局は辺境の星の調査に使い潰しのできる、多少知恵のあるサル=日本人を選んだ訳だ。日本はSFに関する映画や書物といったものが身近にある上、高性能な情報端末にもある程度馴染みがある。少しの道具を持たせて、未開の星に放り出すのには使い勝手がいい事くらい、わたしにも理解できた。
改めて、他人の物である自分の手を見てみると、前より小さい気がする。花子の時も、しっかりとした食事が
周囲を見回しても、視線が若干低く感じる。辺境の惑星でもあるし、おそらく文明が低くて、農業も未熟で栄養不足なのだろう。
その細い右手の人差し指には、なんの飾り気もない、木製の指輪がはめられていた。これが分子収納デバイスらしい。原子レベルに分解して云々ということだけど、難し過ぎて仕組みはよく分からなかった。こんなに小さな指輪が、破格の収納道具なのだから驚きだ。
次に体を確認する。
かろうじて見える髪はパサついた錆色。艶もなく、眉の辺りで切り揃えられているみたいだ。頭に沿って手を動かすと、後ろ髪は後頭部で団子に纏められ、邪魔にならないようにだろうか、布で包まれている。顔を触っても肌はカサカサでボロボロ、ここは花子と変わらない。変な共通点に、妙な親近感を覚えた。ここは森の中で、顔を確認できないのが残念。どこかに池でもあれば覗いてみよう。
一通り確認しても、所持品がこれだけというのはどういう状況だったのか。こんな森の中で遺体となった少女だもの。推して知るべしと言うべきなのかな。迷ったのか、捨てられた可能性だって考えられる。もし売られたのなら、商品であるセトアを放っておくことはないはずだから。
申し訳程度の食糧を見ても、おそらく捨てられた線が濃厚だ。そして、きっとセトアも理解していた。そうであれば、帰る事もできず、森を
そこから導き出した答えに、わたしは最悪のシーンを思い浮かべ身震いした。
イコナがこの森の中で見つけた遺体は、ほぼ白骨で脳が残っておらず、記憶のバックアップが取れず詳細は分からないとモイラに聞いた。恐ろしい事に、アイツの星の科学技術では脳さえ残っていれば情報を吸い出せるそうだ。名前だけは持ち物に記載があり、かろうじて分かったと。それすらも、死を予感してのものだったのかもしれない。もし仮に、ここでわたし、つまりセトアが2度目の死を迎えたとしても、アイツは動かない。そのために、生命の保証はしないと明言しているのだ。その場合の報奨金がどうなるのか気になったけど、今はそれどころではない。
ここには捕食者がいる、早く出なければ。そう思うと、あちらこちらで揺れている草の動きすら不穏に感じた。
わたしは顔を上げ、一歩を踏み出す。何も見通せない現状だけど、これから第二の人生が始まると思えば、多少なりとも希望は持てる。誰も知る人のない地で、自分の人生を歩いていくんだ。
それにしても、せっかく便利道具を渡すのならもう少し何か持たせてくれてもいいのに。脳裏に浮かぶ顔だけはキレイな異星人に拳を叩き込む想像をしながら、わたしは道無き道を進んでいった。
ツェリュシェスティアさんに手を引かれ、再度街へと繰り出したわたしは高級服飾店へ入ろうとする彼女を止めるのに苦労した。どうか頼むからと拝み倒して、なんとか一般的な服屋に足を向ける。 手紙といいお店のチョイスといい、こんな高級志向の人がなぜあんな安宿に泊まっているのか不思議に思いもしたけど、何か事情があるのだろうと詮索はしていない。 服屋に入りぐるりと見渡せば、そう広くない店内には入口近くに真新しい服が、奥まったところに一見して古着とわかる服や端切れが置かれていた。後で聞いた話だと、この世界では古着が主流で、手直ししたり、着なくなったものは売ったりして長く着まわすそうで、新品を購入するのは中流階級以上らしい。この店はちょうど中間の客層が相手なのだろう。 わたしは迷わず古着のもとへ向かうと、値札を見ながらできるだけ安いものを見繕う。今着ているものと洗い替えでもう一着もあれば十分と考えて、簡素なシャツとスカートを手に取ると、ツェリュシェスティアさんに払わせる隙を与えてたまるかとばかりにレジに向かう。だけど彼女の方が一枚上手で、難なく押しとどめられてしまった。「私がお見立ていたしますわ」 言うが早いか、店主に慣れた手つきで指示を出すツェリュシェスティアさん。 アレコレと試着を重ねた結果、スタンドカラーの白いシャツにタックフレアのジャンパースカートをベルトで留め、その下に柔らかいズボンと編み上げのロングブーツという出で立ちに落ち着いた。 わたしを一瞥し満足げに頷くと、替えのシャツとズボンまで数種類買い揃え全ての支払いを手早く済ませ、口を挟む暇もなく買い物は終了。試着したものはそのまま着ていくことにして、他のものを宿に運ぶよう手配を整えたツェリュシェスティアさんは、またわたしの手を取ると服屋を後にした。「次は小物を揃えないといけませんわね」 弾むようにそういうと、雑踏の中へと踏み出す。「いけません! それはさすがに自分で買いますから!」 ただでさえ恩人なのに、なぜこうも優しくしてくれるのだろう。「セトアさん、私兄ばかりで、年の近い
既に我が家となっている宿屋に戻ると、自室の扉を開き声を上げる。「ツェルセスティアさん」 「ツェリュシェスティアです」 にっこりと、しかし威圧感をもって言い直されてしまった。「ツェリュ、シェス、ティア、さん」「はい」 つっかえながらも名前を呼べば、いつもの笑顔をくれて安堵する。この五日間、共に過ごしてきたけれどなかなかすんなりと名前を呼べずにいて申し訳ない思いだ。ファンタジーものでもよくあるけど、横文字の名前は呼びにくい。特にこの人は別格だろう。「お使い行ってきました。これ保障証です」 そんな思いを隠し、郵便局で貰った保障証を手渡す。 「面白いものは見れましたか?」 ふいにツェリュシェスティアさんが聞いてきて呆気にとられていると、わたしの頬を突きながら微笑んだ。「すごく楽しそうなお顔をしていらっしゃいます」 街の喧騒にあてられたのか顔が火照っていることを指摘され、さらに赤くなるのが分かった。慌てて顔を隠しても後の祭りだ。 だって、仕方がないじゃない。街中は物珍しいものに溢れていて、見るものすべてが珍しく目移りしてしまい、宿に帰ってくるのにも苦労したくらいなんだから。 そんな異国情緒満載な街でだったけど、モイラに反応はなく、新規の情報に繋がるものは何も無かった。わたしには一応、この星の情報収集という目的もある。先に調査が入っているんだから、早々見つかるはずもないけど。 そういえば、寝ているだけだった5日の間に、自分のステータスも確認したんだった。結果はEとFだけしかない平々凡々。モイラに確認したら、同世代の平均よりやや下とのことだった。 スキルも今のところ取るべき方向性を定め切れてないから手つかずだし、しばらくはツェリュシェスティアさんの手伝いもある。スキルは高すぎてすぐに手が出せないから、今の仕事を続けながら、次に必要な稼ぐためのスキルについて、モイラと相談しようと思っている。 まずは恩を返すことが第一。 そう考えていると、不意にツェリュシェスティアさんが提案
あれから5日が過ぎ、動き回るのに支障がないほどまでに回復したわたしは、早速お使いに出ていた。 この街、ベンデードは関所のある貿易の要所とのことで、露店や大店が軒を連ね大勢の人で賑わっていた。街を円形の防壁が囲み、中央に関所の門がそびえていてる。その関所の左右延長線上に防壁が伸び国境を示していて、わたしがいるのはサファルという国側なのだと聞いた。 往来を行く人々は様々な容貌をしていて、宿屋の窓から眺めていたとはいえ、間近にしたわたしはきょろきょろと挙動不審に周囲に視線を巡らせる。全身毛むくじゃらだったり、耳やしっぽだけ獣の獣人や、わたしと変わらない、所謂人間の見た目をした人。耳の尖ったエルフやずんぐりとしたドワーフ、全身鱗で覆われたリザードマン、羽の生えた小さな妖精まで。色も形も千差万別だ。 この星では言葉を持ち文化を築いている種族は、全て人族と称するのだとか。ここではわたしも猿の獣人に数えられる。毛皮もしっぽも持たないフェルロスという種族で、世界各地に生息し、最も数が多いけど、場所によっては牙無しなんて蔑称で呼ばれることもあるとか。でも、この街では人種も様々行き交っているので差別も少ないらしい。 そんな街の中を四苦八苦しながら手渡されたメモを見つつ、人の波をかき分け辿り着いたのは郵便局だ。白い建物には赤地に黒で大きく郵便局の文字が掲げられている。文字も自動翻訳のおかげで難なく読めるのはありがたい。 今日の使命は手紙を出すこと。 預かった封筒は一目で高級だとわかる紙で折られ、きれいな流線が綴られている。宛名は読めるけど、詮索は失礼だろう。見当もつかないというのもあるけれど。 送料としてお金も預かった。 私の所持金はインベントリ・リングに入れっぱなしになっているので、初めて手にしたお金だ。 1ダルフは青銅貨、10ダルフは銅貨、100ダルフは銀貨、1,000ダルフは金貨、1万ダルフは白金貨。5の位の硬貨には中央に四角い穴が開けられていて、硬貨が使われるのは10万ダルフまで。それ以上の取引は手形や小切手を使うらしい。 預かったのは1,000ダルフ金貨だ。日本円だと1万円。結構な金額なので失くしたり、掏られたりしないようきつく握りしめる。木造の白い扉をくぐると、狭い室内には小さな窓口がひとつ。手紙とい
セトアを置いた部屋から辞したツェリュシェスティアは、廊下の暗がりへと目をやった。 そこには長身の人影がふたつ。「どう……思われますか?」 今はいないはずの兄に、言葉を投げる。 無造作に長く伸ばした灰色の前髪から覗く深緑の瞳は、訝しげに細められていた。「怪しいな」 低く、少し掠れたテノールの声が端的に述べる。顎に手を当て、思案している様子だ。 変わり告げるのは、2メルを超える黄金の毛並みを持つ狼の獣人だった。「あぁ、身なりのわりに身ぎれいで手荒れもないし、農村の娘が家事もまともにできないとか、ありえないだろう。かといって、家出のお嬢様って訳でもなさそうだしな」 どこか面白そうに肩を竦めると、青い瞳を愛し気に見つめた。そっとツェルシェスに手を伸ばし、細い腰を抱く。「私もそう思います。やはり……あの方は来訪者……なのでしょうか」 黄金の毛並みに寄り添い、兄の様子を窺う。 兄は顎をひと撫ですると、重い口を開いた。「その線が濃厚だが……今はこのまま様子を見る。例えそうだったとしても、今までの奴らとは違いすぎるからな。調査も、あいつを囮に続行する」 その言葉に、ツェルシェスティアは胸元で手を握りしめる。 ツェリュシェスティアは直接セトアと会話をし、その性根の優しさに触れていた。だからこそ、か細い少女が不憫でならない。しかし、この場の決定権は兄にある。きゅっと唇を噛みしめ、小さく頷いた。
「お兄さん……ですか」 その人が、あの森で助けてくれたのか。あそこで助けがなければわたしは確実に死んでいただろうから、感謝してもしきれない。「はい。今は所用で出ておりますが、戻ったらご紹介いたしますわね」 今はいないのか……どんな人なんだろう。あの時は逆光になってて顔もよくわからなかったし、正直お礼を言えるような状態でもなかった。会えたら、丁寧にお礼を言わなくちゃいけないな。会えるのが今から楽しみだ。 とりあえず、まずはできることからやっていこう。今できることといえば、どうにかして看てくれていた恩に報いることだろう。わたしに何ができるのか、モイラの回答じゃ役に立てることは少ないかもしれない、正直、できることなんてたかが知れてる。それでも、何かしなくてはという焦りから、ひとつの提案をしてみた。「あの、お世話になったお礼とか、ここの宿代? のお金とかお返ししたいのですが、わたしあまり手持ちがなくて……全てお渡ししたとしても到底足りないと思うんです。代わりにと言ってはあれですが、わたしにできることはありませんか? お恥ずかしい話、まともな家事もできないのでお役に立てるかどうか分からないのですが……できる限りのことはしますから!」 半ば縋りつくようにお願いすると、頬に指を当て少し思案してから答えてくれる。「そうですわね……、では私のお手伝いをしていただけますか? ちょうどお使いや簡単な雑用をお願いできる方を探していましたの。けれど、治癒晶術を使ってはいますが、まだ傷も癒えてはいません。治癒晶術は対象の治癒力を高めるため体力を消耗いたしますから、極端な治癒はできないんですの。ですから、完治するにはまだ時間が必要ですわ。体調も見ながら、他にもお仕事をお願いするかもしれませんが、それでもよろしいですか?」 てっきり断られるとばかり思っていたのに、意外にも受け入れてもらえたことに安堵し、胸を撫で下ろす。見ず知らずのわたしに晶術まで使ってくれていたことにも嬉しくなり、思わず笑みが零れてしまった。だって2,000ダルフもするものだよ? 受け入れてもらえたからには、身を粉にしてでも恩返しをしたい。決意も新たにすると、元気よく返事を返した。「はい! よろしくお願いします! えっと……」 そこで、まだ名前を聞いていないことに気付いく。「あの、お名前を伺
これからの先の見えない生活に、意気消沈してしまう。この状態じゃ恩人さんにお礼をするどころか、生きていく事さえ困難だ。いっそ任務なんて放置してやろうか。だって私は了承した覚えはないし、向こうが約束を破ってきてるんだもの。 だけど、フルスキャンに移行したモイラがすかさず苦言を呈した。『任務放棄と見做された場合、強制収容となります』 ぞっとするその言葉に頭を抱えていると、扉をノックしひとりの女性が現れた。 その姿を見た瞬間。 あぁ、わたしはやっぱり夢を見ていたんだ。 そう思うくらいにその人は美しかった。 20代前半と思わしきその女性は、肩までの薄い水色の髪が艶やかに波打ち、肌は眩しいほどに白く、大きな瞳は深い青で唇は曇りのない薄紅色。 立襟のブラウスはドルマンスリーブで、ゆったりとしたシルエットながら豊満な胸が容易に想像できる。反して足元はタイトなズボンに包まれ、オーバーニーのピンヒールブーツがどことなく背徳感を醸し出していた。「良かった。お目覚めになられたのですね」 優しく弧を描く口元から鈴のような澄んだ声が奏でられる。こういう人こそ姫と呼ぶに相応しいのだろう。動作もゆったりとして優雅、姉の言動とは雲泥の差だ。 その人は手にしていた籠をサイドテーブルに置くと、静かにわたしへと手を伸ばした。「失礼しますわね」 ほっそりとした指が額に触れると、ヒンヤリと心地良く、うっとりと目を閉じる。「熱も下がったようですわね、安心いたしました。しかしまだ傷は治っていないのですから、ご無理をなさらずに。お腹は空いていませんか? 果物をお持ちしましたのよ」 そう言いながら、籠に盛られた赤く瑞々しい果物を見せてくれた。「……おいしそう……」 そう言うのと同時にお腹が鳴った。 恥ずかしさのあまり、顔が熱くなってしまうわたしを見ながら、彼女はふんわりと微笑むと小刀で器用に切り分けてくれる。それは見た目はリンゴっぽくて、中まで赤い果物だった。くし型に切った実を小皿に並べていきながら、形のいい唇が開く。「ケリと言う木の実だそうですわ。この土地の名物なのですって」 物珍しそうに見ていたら、そう教えてくれた。 きれいに並んだ赤い実は瑞々しく、ごくりと唾を飲み込む。不安気に見上げると、そっと差し出してくれた。おそるおそる摘まんでみると意外に硬く、一口かじ